<進化を遂げた今年の菜園>

小花をたくさんつけたジニア、バジルも
いつもとは勢いが違う
今年は、、アップルミントや、タンジー、レモンバーム、チャイブ、オレガノなどこのままでは菜園を占拠しかねない強靱なハーブたちを分相応な量に整理した。彼らに占拠されてしまうのではないかという危機感もさることながら、株の整理は、菜園リニューアル事業の第一段階として、ぜひとも必要な作業でもあった。ついでにたいして役には立たないのに長年のよしみで栽培してきた腐れ縁のようなズッキーニやレタス系の葉物とも決別することにした。菜園はいつになくスカスカになってしまった。
温室で大量に育てたつもりだった苗も、広い菜園に定植してみると寂しい限り、地面ばかりが目立つ。
こういう事態は十分に予想されたから、大きな葉っぱを茂らせて、竹の支柱に絡みつく派手なインゲン豆や大きく広がるツルムラサキ、ひと株あたりの専有面積が広いブロッコリーやカリフラワー、キャベツ、背丈の高いヒマワリなど派手めな作物中心に定植してみたが、やはり苗は苗、埋め草として力を発揮するようになるのはまだまだ先のようだ。
そんな状態がしばらく続いたが、8月に入ると具合よく雨が降り、強力スプリンクラーの活躍もあって菜園は一応いつもの菜園らしくなってきた。
菜園の様子がいつもと違う、何か違うと気づいたのはちょうどそのころだった。
同じ園芸店で購入した苗なのに、早めに温室に定植したナスよりも遅れて菜園に定植したナスの方が断然勢いがあり、背丈は低いものの実をたくさんつけているのである。こんなことはかつてなかった。
失敗を繰り返していたモロヘイヤも信じられないくらい生育が早い。こんなに元気なモロヘイヤの姿にお目にかかったことはついぞなかった。カリフラワーしかり、ツルムラサキしかり。
どうしたんだろう?いつも通りに世話しているだけなのに。
作物たちの勢いは大量投入した堆肥のおかげなのである。春先、全面リニューアルを前にあちこちに分散していた堆肥を菜園に大量に投入した。その効果がじわじわと現れはじめたのだろう。
確かに堆肥の力はこれまでも実感してきたが、ここまですごいとは思わなかった。
ナスタチュームの株の大きいこと。これまで詐欺だ詐欺だと騒いできた園芸カタログの写真のようではないか。こんなに大きなモロヘイヤの葉っぱなんて直売所でも見たことがない。数枚摘んでスープに入れるだけでちゃんととろみがつく。
イヤー、おそるべし堆肥。
8月も半ばを過ぎると堆肥はますますその威力を発揮してくれて、菜園はこれまでにないすばらしい仕上がりとなった。
並行して進めていた菜園を煉瓦で囲う作業も終了し、あんなにみすぼらしかった菜園が見違えるほどすてきな菜園に生まれ変わったのである。

堆肥をたっぷり吸収したトマト。
糖度は20度を超ているだろう
特筆すべきは温室で栽培していたトマト。菜園のついでに温室にも堆肥を大量投入したのだが、トマトもナスもオクラもゴーヤーも10月に入っても勢いが衰えることなく、たわわに実をつけている。一番驚いたのはトマト。イヤーその甘いこと、市販のフルーツトマト、イタリアンレストランで供されるフルーツトマトなどこれまで食べた数多くのトマトとは比べものにならないほど甘いトマトだった。
生産者名や糖度が賑々しく記載されている高級トマトは、まさに今、口に放り込んだトマトのようなトマトを目指して栽培されたものなのだろう。
ちなみに温室に植えたのは近所の園芸店で購入したごくごく普通のトマトの苗。確かひと株100円程度だったと思う。堆肥たっぷりの地面で時間をかけて栽培すると(秋口になって気温が低くなったので完熟するまでに時間がかかったのだろう)品種には関係なくこういう逸品が収穫できるのである。
デザートにぴったり、まさにフルーツトマトの名にふさわしい美味しさだった。
これまで堆肥、堆肥と呪文のごとく唱えてきたが、その威力をこれほどまでに実感したのは初めてだった。
今年、菜園は6区画に煉瓦で仕切られ、歩道も生まれ変わり、老朽化したシェッドも塗り直され実に20年ぶりにリニューアルされた。そういう仕掛けも大切だけど、菜園の主役はやはり作物、菜園の美しさは作物が決める。
<ついに冷凍ストッカーを導入>
だいたい食べる人間の数に比して収穫すべき野菜が多すぎる。せっかく栽培した野菜だから無駄にはしたくない。とすると多すぎる野菜や果物は保存するしかない。
保存といえば、まず冷凍。しかし冷凍は保存期間中ずっと電力を消費するからこれまで極力、避けてきた。
野菜に火を通して水煮やソースにして瓶に詰めてから殺菌すれば常温で保存できる。キノコなどは乾燥して水分を飛ばせば常温で保存できる。そういう昔ながらの保存方法に固執してきた。
例えばトマト。温室に10株、菜園に20株、合計で30株のトマトの苗を植えた。朝、散歩の途中で菜園に寄って朝食代わりにトマトをつまむ。昼はトマトのサラダ、夕食ではここぞとばかりにサラダに加えたりスープに投入するもこんなもんでは焼け石に水、完熟したトマトは耐えきれなくなってポトリ、ぽとりと地面に落ちる。
雨が降り続く8月のある日、自分でも思いがけず、禁断の冷凍ストッカーをワンクリックで購入してしまった。しかも大型サイズを。地下に設置すると10年来そこにあったが如く見事に収まった。
菜園で収穫したトマトはへたや種を取って保存袋にいれて冷凍庫に放り込む。多少の割れは気にしない。キャベツは適当なサイズにカットして保存袋へ、ゴーヤーしかり、オクラしかり。雲南百薬しかり、ブロッコリー、花豆、玉蜀黍、枝豆しかり。ラズベリーもカシスも。菜園の盛りが過ぎる頃には、ストッカーは野菜とベリーで満杯になった。
トマトはスープに使うことを想定して1回分ずつ小分けにして冷凍したからまことに使い勝手がいい。野菜スープに冷凍トマト1袋を放り込めば美味しいミネストローネに早変わり。ニンニクやハーブも冷凍してあるし、柔らかいうちに収穫して冷凍した花豆(空豆のよう)を加えたり、オクラを加えるとまたひと味ちがったスープができる。うまみ成分であるグルタミン酸が多いトマトはイノシン酸系の和風出汁や味噌との相性もいい。
これだけの冷凍野菜があれば、来年の園芸シーズンがやってくるまで野菜には不自由しないかもしれない。季節はずれのトマトやオクラなどを買わずにすむし。
電力を消費し続けることに若干の後ろめたさを感じつつも、貢献度大の冷凍ストッカーの蓋を開けては、今日も野菜を探している。ここは凍った菜園なのである。
<石垣島へ>
仕事の関係で11月は九州にいることが多い。最近では九州から北海道に戻る前に、さらに南下して沖縄や台湾に立ち寄ることにしている。
今年は熊本から石垣島に飛んだ。
冬の石垣はさすがに蝶の姿は少ないけど、ここに来ると心身ともにゆるーく解けて行くのが分かる。
町中を避けて海辺近くのウィークリーマンションを借りる。キッチン付きだから、材料を調達して好きなように料理できるのがいい。まずは何はさておき町の中心部にあるユラティク市場(ユラティクは寄ってらっしゃいという意味)へ飛んでいく。市場に並んだ豊富な野菜を前にして自分でもビックリするほど興奮してしまう。野菜の魅力もさることながら、熊本まではずっと販売者だったのが、一転、消費者という身分に変わったからだろう。販売者から消費者へと立場が逆転する時の開放感ときたら。経験しなければ、決して味わえない醍醐味だろう。

これが温室のハンダマ、挿し木でいくらでも増える
とにかく野菜の種類が多い。特に葉物の類、ハンダマ、ツルムラサキ、雲南百薬(この3種類は我が菜園でも栽培)を初めとして、ほうれん草や小松菜、何とか菜、何とか菜、名前を聞いたことのない葉ものやハーブ類がたくさん並んでいる。
しかもひと束の量が多い。コリアンダーなどベトナムやタイの市場並みの量でもひと束100円。都会のデパ地下で買ったら一体どんなことになるのだろう?
友達の田代さんは市場のすぐ向かいに住んでいるから、ここの野菜事情にやたら通じている。今日買うべきもの、やめた方がいいものなど細かくアドバイスしてくれるけど、興奮状態にあるからどんどんかごに放り込んでしまう。
アロエ、ツルムラサキの先端だけを集めたもの、メキシコほうれん草(これは新顔)フルーツパパイヤと千切りにした野菜パパイヤ、コリアンダー、長命草、オオタニワタリ、トマト、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツ。あったあった、お気に入りの唐辛子のクッキーとシークワーサー100%果汁、お茶用のローゼル(ハイビスカス?)、などなど。
まだ温かな島豆腐やおにぎりかまぼこ(黒米のご飯を心にした薩摩揚げのようなもの)、もかごへ。これだけあれば1週間どころか1ヶ月は暮らせそうな量。田代さんもあきれて途中から何も言わなくなる。
野菜の次は魚。町にはお刺身屋さんが多い。よしこ刺身店とかさちえ刺身店とか女性名を被せた店が目立つ。漁師の旦那がとってきた魚を奥さんがさばいて売っている店なのだという。田代さんの弟さんはマグロ漁師だから、その奥さんの店でマグロなどを購入。ちなみに石垣島にも最近ローソンが進出してきたけど、ここでもお刺身を販売している。金城刺身店が納入している近海物のマグロの刺身は1パック350円。量はたっぷり、漬けマグロにすると美味しい。レジ横のおでんにも「ゆし豆腐」「島菜」というローカルなメニューがあったから、買おうと思ったら売り切れ、石垣島オリジナルだからすぐに売り切れてしまうらしい。ローソンにはこれからも初心を忘れずに地域密着型コンビニとして営業して欲しい。
自己流だけど島料理の皿をずらっと並べた大満足の夕食だった。
翌日は近所のトミーのパン屋で焼きたてのパンを買って東シナ海を眺めながら朝食をとる。最近ではいつもこのパターン、焼きたてのホカホカだから美味しい。
天気予報は見事にはずれて昨夜の雨が嘘のような見事な晴天、海は穏やかだし、日差しも気温もちょうどいい具合だから、とりあえずいつものタケタの林道に行ってみる。
うわっ!蝶がちらちら飛んでいる。ヤエヤマムラサキ、カバマダラ、リュウキュウアサギマダラ、ウラギンシジミと普通種ばかりだけど、期待していなかっただけに嬉しい。リュウキュウカラスアゲハやアオスジアゲハ、オオゴマダラ、ツマベニチョウなど南国的な蝶も飛んでいる。光に誘われて姿を現したのだろう。ヤエヤマムラサキやウラギンシジミには久々に出会ったので特に嬉しい。
しかも今回は捕虫網を持参していないので、眺めるだけだからのんびりできる。

タケタの林道ではヤエヤマムラサキに
思いがけず遭遇した。
タケタ林道の入り口に車を置いてテクテク歩いていると犬連れの夫婦に出会った。「ホレ、あそこ、そっちじゃなくて」ミニチュアダックスをつれた奥さんに指示されるままに旦那が網を振る。取り損なって怒られる。
毎日こんなふうに散歩していたら、いろんな蝶に会えるんだろうなー。「今日はきれいなムラサキが多い」としきりに感心していた。
島をたまに訪れて今年は蝶がどうのこうのと騒いだり喜んだりしているけど、ここを第二のホームグランドとしてじっくりと蝶と付き合いたいものだ。
お馴染みの比嘉豆腐店でゆし豆腐定食を食べてから、星野の林道や真栄里ダム周辺にも立ち寄ってみた。大雨で崩れて以来、立ち入り禁止になっていた林道は修復されて、蝶がまた戻ってきたようだ。
<蝶の道が消えた>
翌日も予報がはずれて天気がよかったので、久々に竹富島に行ってみた。初めて石垣を訪ねた時、何気なく足を伸ばした竹富島で、私はリュウキュウの蝶の虜になった。
竹富島の地図を眺めていると「蝶の道」と書かれた道路があった。町の中心から島の南、アイユル浜に向かう道である。
西海岸は賑やだけどこのあたり観光客はめったに訪れないらしい。
埃っぽいその道はまったく「蝶の道」という名前にふさわしい道だった。ここを通った人なら100人中100人が、間違いなく「蝶の道」と命名するだろう。
ベニモンアゲハ、シロオビアゲハ、モンキアゲハ、カラスアガハなどの大型のアゲハチョウやオオゴマダラのようなマダラ蝶、タテハ蝶にツマベニチョウ、ナミエシロチョウにシジミ蝶もいる。普通種ばかりだけど南国ならではの賑やかなラインナップ。夢見心地で道を歩く私を蝶たちは群れをなして大歓迎してくれたのである。
陽が射すと蝶は光に誘われて一斉に姿を現す。青空を背景にして様々な蝶が乱舞する。日がかげれば彼女たちは静かにスッと木の間に隠れる。これだけの数の蝶が潜んでいるのにあたりは静寂そのもの。夢のような光景だった。
写真を撮るのもネットを振るのも(ほんと禁止)忘れて何度もこの道を行き来した。
その体験を島の人に話すと、やはりこの道を訪れた作家の高橋治が、感動のあまり「蝶の道」という作品を書いたという話をしてくれた。後日、読んだその小説は私好みではなかったけど、作家ならあの感動を言葉にしたいと思うのも無理はない。
あの感動だけで十分という思いもあったので、それ以降は、竹富島は素通りしてきた。この島は観光客が多いし、大好きなコノハチョウもいないし。
今回、お天気に誘われて久々に島に行ってみることにした。何しろ石垣島からフェリーで15分という近さだし。蝶の季節じゃないけど少しは歓迎してくれるかもしれないという淡い期待もあった。
中心部は避けて、島の東側の道を通って蝶の道に行ってみた。途中、ホテルの送迎バスと何度かすれ違った。いやな予感がする。
竹富島で星野リゾートが開発に乗り出したという話は聞いていたけど、それがまさに蝶の道周辺だったのである。あのバスは観光客の送迎用だったのだ。
港付近にはヤエヤマムラサキがチラホラいたし、ツマベニチョウやキチョウも飛んでいたのにかんじんな蝶の道に蝶はいなかった。
事業主は環境にやさしい開発を試みたのだろう。なるほど蝶の道は舗装もされていないし、看板ひとつたっていない。しかし、これだけの大規模な施設を作るのだから、蝶の道は日夜、ダンプや大型トラックの通り道になっただろう。走行に邪魔な雑草は刈られ、木の枝は切り払われたのだろう。
最小限かもしれない。それは分かる。しかし刈り取られた道ばたの雑草は蝶にとっては幼虫を育てる大切な食草であり、センダングサもランタナも彼らが生きていくのに欠かせない蜜源植物なのである。
邪魔な枝は蝶の隠れ家であり、切り倒された雑木は樹液を提供してくれる食料源だったのである。大型車が頻繁に行き来するような道の周辺では蝶は安心して暮らせない。

御願岬、この後、雲が切れて真っ赤な夕陽が
顔を見せた。
蝶の道を2回往復したけど、たまに可愛らしいキチョウが姿を見せるくらいだった。季節が変われば蝶が姿を現すかもしれないけど、もう二度とここには来ないだろう。
歩いて回れるような小さな島で環境にやさしいリゾート開発は無理だろう。星野リゾートの広告には堂々と蝶の道の文字があった。
早々に島を後にして石垣に戻った。少し寄り道して御願岬灯台(うがんざき)に夕日を見に行った。雲をあかね色に染め、海原に黄金の帯を流す夕日は、いつものよう
に美しかった。一日の終わりにちょっと疲れたようにゆったりと沈んでいく夕日はいい。
<台湾の茂林にムラサキマダラの集団越冬を見に行く>
最近?那覇と台北を結ぶ便が毎日飛ぶようになった。しかもLCCなので運賃が信じられないくらい安い。去年の冬に利用してみたけど何の問題もなかったから、今年も那覇から台湾に行くことにした。
台北は何度か行っているので素通りして南に下り、高雄郊外の茂林というところにムラサキマダラの集団越冬を見に行くことにした。以前、行ったことがあるけどそのときは季節が早かったのか集団といえるほどの蝶はいなかった。
台北から新幹線に乗って高雄まで約2時間、朝、那覇を出たのに昼頃には高雄に到着した。時差1時間、昼食に間に合う。
石垣島で思いがけず蝶に出会って気をよくして、「そうだ茂林に行こう」と急に決めてから、必死になってガイドを探した。山奥の茂林はガイドなしではどうにもならない。旅行社を通してようやくみつけたガイドに沖縄からメールや電話で連絡を試みるが、なしのつぶて。新幹線の車中でようやく電話がつながって、明日朝7時にホテルのロビーで待ち合わせることになった。よかった、よかった。これで安心して夜市にも行ける。
新幹線の車中で台北の駅そばで購入したまだあたっかい胡椒餅を取り出す。胡椒餅はパンのような皮で胡椒の効いた肉餡を包み、タンドールで焼き上げた夜市の名物小吃。かじると火傷必至の熱い肉汁が迸り出てとても美味しい。台北は晴れていたのに高雄は雨だった。
翌日、ロビーに降りるとガイドがにこやかに出迎えてくれた。駐車場に停めてあったツアー用の大型のバンに乗り込む。これは旅行社主催の一人だけのツアーなのである。どうりでバカ高いと思ったが、時間がなかったので値切ることもできず、先方のいうなりになってしまった。悔しい。(後で日本のガイドに聞いたら相場とのこと、円が安くなっているのだ)
天気予報通り、今日も空は厚い雲に覆われ、今にも降り出しそうな空模様。ガイドは前方を指さして、茂林の方角は雲が薄いとか、天気がよさそうだとか明るく大声で言う。そのうち、案の定、雨が降り出してきた。ワイパーが高速で雨粒をはじく。
窓の外には台湾南部の田園風景が広がっている。稲穂が垂れているかと思うと田植えが終わったばかりの田んぼもある。タロイモの畑、蓮根栽培用の池、ナスやトマト、各種菜っ葉、タバコ畑が続く。畑に季節感がない。畑をつなぐようにして点在する小さな町をいくつか通り抜けて1時間ほどで茂林に到着、車は茂林の入り口にある観光案内所のようなところで停まった。
数年前に茂林を訪れたときはこういう施設はなかった。地元では冬になると集まってくるマダラ蝶を観光資源として売り出そうとしているらしい。

茂林ではこんなサインをよく見かけた
その一環として、まだら蝶の鑑賞ルートが整備されたらしく、案内所の壁にはルートマップが張ってある。ルートマップには、今はやりの環境にやさしいというFootPassの文字も見える。
茂林で見られる4種類のマダラ蝶のパネルも展示してあるし、日本語のパンフレットもちゃんとそろっている。
昨日は雨で全然ダメだったけど、それ以前は気温が高く、晴天がずっと続いたので蝶がたくさん飛んでいたそうだ。そういえば、その頃は石垣島も天気がよかったおかげで珍しくヤエヤマムラサキが飛んでいた。
手始めにこの辺りでは蝶が一番たくさん見られるというお勧めの谷に行ってみることにする。一昨日、この谷で撮影されたという案内所のVTRでは、青い空をバックにして無数の蝶が飛んでいた。
雨はやんだけど、空はどんよりと曇っている。
谷では2〜3頭のマダラ蝶が挨拶程度に姿を現した。これがムラサキマダラかと思うとやはり嬉しい。嬉しいけど、こんな遠くまで来たからには、あのVTRにあったような蝶の集団を見たい。
集団でやってくるのをしばらく待っていたけど、天気のせいか蝶の数は一向に増える気配がないので、賞蝶ルートになっている林道に移動することにする。
時折、雲間から、薄光がもれるほど天気が回復してきた。単純なもんで、光につられて気分が次第に高揚してくる。

翅を頑なに閉じて吸蜜する小型の
ホリシャムラサキマダラ
駐車場に車をおいて林道を歩く。あたりの様子は、一昨日、歩いた石垣島の林道とそれほど変わらない。
歩き始めたとたん、少数民族の衣装をまとった女性ガイドに案内されたおじさんたちがどかどかとやってきた。うわっ、なんでここまで来てこんな目に会わなくてはいけないんだ。
幸い、蝶にはまるで関心のない一行はすぐにバスに引き返しくれたので、林道には静寂が戻ってきた。
5分も歩くと、目の前に突然、大量のムラサキマダラが姿を現した。道ばたのセンダンクサやアゲラタムのような紫色の小さな花に蝶たちが群がっている。目が慣れるとあそこにもここにも、ようやくさし始めた薄日にひかれるようにして次々と姿を現す。
山側の斜面には特に蝶の数が多い。案内所のパネルによるとムラサキマダラは四種類いるという。ツマムラサキマダラ、ルリマダラ、ホリシャムラサキマダラ、マルバネマダラ、よく見ると小型のホリシャムラサキマダラが圧倒的に多い。少し大型のルリマダラとツマムラサキが混じっているが、マルバネの姿はない。
ムラサキマダラは、地色は黒に近い茶褐色だから、メキシコの集団越冬で有名なカバマダラのように派手な蝶ではない。その地味な色合いの蝶は吸蜜中は頑なに翅を閉じてしまう。
気持ちいい日差しを浴びても、花を揺すってみても翅を広げようとしない。翅を広げて縄張りを主張したり、光を吸収して翅を温める必要はないのだろう。
だからほとんど翅の裏側しか見ることができない。表面よりは少し色の薄い茶褐色に白い斑点がきれいに並んでいる。それはそれで美しい。
しかし、時折チラッと見せる表面の翅の美しさといったら、前翅の縁が紫色に輝く。光の具合でそれは青、群青色、紫色と微妙に色合いを変えるのだが、とりわけ深い海を思わせる群青色は美しい。デルフィニュームの濃青の花びらに似ている。幼い日、お絵かきに使っていた群青色のクレパス、その語感が珍しかったのか、意味も分からずぐんじょういろ、ぐんじょういろと言っていたけど、これこそが群青色なのかと今、納得した。
褐色の地色、小さな白班、先端部の群青色、そのコントラストのシックなこと。金属光沢をもつ青緑のゼフィルスや派手な南国の大型蝶も美しいけど、シロチョウでもクロチョウでもない、ムラサキマダラの繊細な色合いはとてもすてきだと思う。これぞシックというものだろう。シックということでいえば、やはり黒字に藍色や青紫の斑点が散るスミナガシという地味なタテハと双璧をなすと思われる。
光の強さに比例して蝶の数はどんどん増えて、案内所のVTRで見たような光景が目の前にある。好物なのか枯れかけたセンダングサの花にさえ蝶がたくさん群がって吸蜜している。
同じ種類のたくさんの蝶に囲まれて、少し息苦しくなったので、道から外れて山の中に入ってみた。そこには竹林があった。竹林でもムラサキマダラが三々五々翅を休めていた。
「竹林に蝶」東洋ならではの墨絵のような光景だった。
今は気温がそこそこ高いし、花も咲いているから彼女たちが越冬に入るのはもう少し先のことだろう。北の方から集まってきた蝶が、越冬までの時を静かに過ごしている時期なのかもしれない。本格的な冬がやってくる頃には、この竹林でも、たくさんのマダラ蝶が枝からぶら下がるのだろうか?
2年ほど前に石垣島のタケタ林道を車で走っていると目の前に白い紙吹雪のようなものがハラハラと舞っていた。
何だろうと思って車を停めて外にでると、紙吹雪と見えたのはアサギマダラだったのである。林道が静かになると彼女たちは林に消えて行った。
彼女たちには申し訳ないけど、その場所を車で行ったり来たりすると、そのたびに車の音に驚いた蝶が紙吹雪のように舞った。越冬のために集まってきたアサギマダラの群れだったのだろう。
今、見ているムラサキマダラに比べればほんの僅かなものだが、まったく思いもよらない場所で思いがけずであった蝶の群れにいたく感動したことがあった。

カラフルな紅紋粉蝶は沖縄でも見かけない
もちろんこれだけたくさんのムラサキマダラに出会えて嬉しかった。ひと種類の蝶が大量にいる風景は確かに迫力があるし、集団ならではの醍醐味がある。その感動はただ林道を歩いているだけでは決して味わえない。それはそうなのだが、賞蝶という観点からすると数で勝負する蝶の集団には風情というものが決定的に欠けている気がした。
思いがけずないところで思いがけない蝶に出会う。
彼らを追いかけ、彼らに翻弄されながら、光の中を歩く。そういう賞蝶が好きだ。蝶が風景を変える。どんなつまらない蝶でも蝶にはそういう力がある。
ムラサキマダラに混じって、アサギマダラやミスジチョウ、日本では見たことのない派手な色合いのシロチョウ、紅紋粉蝶たちが姿を現すと、何だかホッとした気分になった。
2時間ほど歩いただろうか、延々と続く林道をショートカットして車まで戻った。もうこれくらいで十分。目的を果たして何だかグッタリしてしまった。
少数民族のルカイ族が多く暮らす多納という集落で遅い昼食をとることにした。以前来たときにはここは温泉地として賑わっていたのだが、2,3年前の台風で温泉が壊滅状態になったという。名物の吊り橋も落ちて、今は通行禁止になっていた。
集落の入り口にある食堂に入るとルカイ族のおばさん2名が火の前に陣取っていた。
食べ物を前にするととたんに元気がわいてくる。壁のメニューを見ながら、スープや野菜の炒め物を注文する。
・ゴーヤーとパナップルのチキンスープ
・紅鳳菜の炒め物
・石焼き豚肉
・青梗菜の炒め物
・レモン風味愛玉

これがちょっと問題の鳳梨苦瓜鶏湯
おばさんが白いゴーヤーをまな板に乗せると大まかにカットして鍋に放り込む。手元を凝視していたら、あっちで座って待ってろと追い払われてしまった。ちょうど移動販売のトラックがやってきて食堂の前で店を広げたので見て回る。トマトやミカンを購入、野菜や缶詰、日用品と平凡なラインナップだった。
一番最初に運ばれてきたのはスープ。大きな鍋に溢れんばかりの大量のスープが張ってある。その鍋を電熱器にのせて温めながら食べるのである。これまた大量のゴーヤーと鶏肉、ゴーヤーの上にはオレンジ色のパイナップル、出汁をとるのに使ったとおぼしき煮干しまでのっかっている。
ボールに取り分けた白湯スープを一口すすると、思いのほかパイナップルの風味が効いている。ゴーヤーの苦さをパインの甘さでカバーしようという意図なのだろうか?それともたまたま手近にあった食材を放り込んだら好評だったのでメニューに載せたのだろう?鶏と煮干しの出汁も効いているし、それなりに美味しいけど食材の取り合わせがばらばらで何だか釈然としないスープだった。何回おかわりしてもスープは一向に減らない。これで小サイズだから、大サイズなら1週間分はあるだろう。

これがとっても美味しい炒紅鳳菜
沖縄ではハンダマ、熊本では水前寺菜(今年、熊本で本物の水前寺菜を初めて食べた)金沢では金時草と呼ばれる野菜が台湾では「紅鳳菜」と呼び名を変える。葉の裏側が鮮やかなムラサキ色をしているからだろうが、それにしても紅鳳菜はちょっと大げさ過ぎる。
我が家では生葉を刻んでサラダにするか、スープに入れるか、さっと茹でてナムル風にするか、夏の間、ほぼこの三種類の調理法で通してきたのだが、ニンニクを効かせて炒めた紅鳳菜は少しぬめりが出て、歯ごたえもよくとても美味しかった。注文した料理の中ではこれが文句なく一番美味しかった。ハンダマレシピがひとつ増えた。
おなかいっぱい、残ったスープや炒め物はすべてテイクアウトにしてガイドに渡す。
ガイドは気のいいおじさんで、気をつかっていろいろな場所を案内してくれるのだが、蝶に出会えただけでもう十分、だいぶ日も陰ってきたので美濃を経由して高雄まで帰ることにする。
先を急いだのは、その道筋においしいお饅頭屋さんがあるからだ。前回泊まった美濃の民宿のおばさんが連れて行ってくれたその店のお饅頭は、本当に美味しかった。地元でも評判らしくて、お昼時だったこともあってお客さんがひっきりなしに来ては、大量に購入していた。
棚には発酵途中の生地が入った赤い洗面器が、いくつも積まれた。店の奥では一家総出で生地を丸くのばして餡を包んでいる。店先に並んだせいろは盛大に湯気をあげている。こういう店なら美味しいに決まっている。
豚肉餡、椎茸入り、タケノコ入り、キャベツと春雨、サツマイモなどいろんな種類の餡がある。もちろん甘いあんこやごま餡を包んだ饅頭もある。
蒸したてをいくつか買って、おばさんと車の中で食べたそのお饅頭の美味しかったこと。胡椒餅もそうだけど餡にはミンチに挽いた肉ではなくて、刻んで叩いた肉を使う、これが日本のそこらにある肉まんと一番違うところだろう。八角やピーナツを使った味付けにも年季が入っているし、冷めても皮は水っぽくならずにいつまでもふんわりとしている。あの発酵に使われていつ赤い洗面器に秘密があるに違いない。
だからガイドが盛んに勧める竜頭山も平たい石を重ねて建てた独特な家が並ぶ多納の集落もパスして、あの美味なるお饅頭を求めて美濃に向かった。うつらうつらしていると車が止まった。
赤い洗面器はなかったけど、あの饅頭屋に間違いない。
車から降りて迷いながら5個も買って、店の人にも笑われてしまった。じゃあ、これとそれを1個ずつ、でもこれも美味しそう、こっちもいいな。
ガイドは野菜まんを買って店先でかぶりついていた。親指をたててGoodのサイン。何となく誇らしい気分になった。
私もかぶりつきたいとこだが、さっき食べたゴーヤーとパインの不思議スープで満腹状態、ホテルで夕食代わりに食べることにしよう。
ガイドお勧めの氷菓の店でアイスクリーム(薬草を練り込んだという何とも台湾チックな風味)をおごってもらい、高雄の町に入る頃にはあたりは薄暗くなっていた。朝の7時から12時間、ほんとうに充実した時間だった。満足満足。夜市にも案内すると言ってくれたけどもうたくさん。
近くの店でスープと青菜炒め(すごく気になっているのだが、こちらの野菜炒めはひと種類の野菜しか使わない。風味付けに生姜やニンニクを使うけど基本はひと種類、青梗菜なら青梗菜、ほうれん草ならほうれん草なのである。日本では野菜炒めといえば数種類の野菜に肉や卵などを加えて炒めることが多いけど、そういうのはまた別のジャンルの料理なのだろうか?)をテイクアウトしてお饅頭と一緒に食べてから、夜市にも出かけず早々にベッドに潜り込んだ。

台南にある老舗の「十八卯茶屋」
工夫茶は茶葉を購入して勝手に楽しむ
その後、高雄から列車で30分くらいの台南に2泊してから台北を経由して北海道に戻った。
たくさんの蝶を見た後は、おまけのように古都台南の町を歩いて回り、名物の担々麺を食べたり、市場に寄ったり、茶芸館でお茶を飲んだりしてゆったりと過ごした。茶藝館では自分で好きな茶葉を購入し、マイペースでお茶が飲めるのがいい。カップで提供されるお茶もメニューにはあるけど、断然セルフサービスの工夫茶の方がいい。お茶を飲みながら落ち着いて本を読んだり音楽を聞いたりすることができる。茂林のルリマダラの光景がよみがえる。
台南はブラブラ歩くにはちょうどいい規模の町で、オランダ統治を経験した安平には煉瓦の建物や壁なども残っていて異国情緒が味わえる。何より食べ物が美味しいのが嬉しかった。
100年変わらぬ製法で作っているという具だくさんの巨大粽、街角の焼き栗、朝食の温かな豆乳とネギ餅、海に面しているから名物のカキを使ったカキオムレツも夜市のそれとはひと味ちがう。何よりハマグリのスープは食堂に入るたびに注文したけどどこも間違いなく美味しくて、子供のころ大好きだったうしお汁、桃の節句にはつきものだったうしお汁が懐かしく思い出された。これは以前、韓国の海辺の町で食べたアサリのカルクッスと双璧をなすうまさ、豪華レストランの手間暇かけたフカヒレスープよりもこちらを選びたい。
ネットで検索した老舗のお茶屋さんにも立ち寄って高山烏龍茶、文山包種茶などを購入、近くのプーアール専門店で板状のプーアール茶、珍しく紅茶があったのでこれも購入。紅茶はラプサンスーチョン、プーアールもラプサンスーチョンも全発酵のお茶だから中国茶と紅茶の間に垣根はないのだろう。
台北でも問屋街で乾物の買い出し、夕方から合流した友人の高城さんと一緒にいつものお茶問屋に立ち寄って阿里山烏龍茶や東方美人茶、中国緑茶を仕入れたり、日本でいえばドンキホーテのような何でも屋を冷やかして回ったりして楽しい一夜を過ごした。
石垣島の中心地に立つ看板によると「石垣→台湾277km、石垣島→稚内2820km」の距離があるそうだ。それを目にするたびに何だか悔しい思いをしてきた。ここからだと台湾に比べて北海道は10倍も遠いのである。最近ではそのサインを見ると心躍るようになった。台湾はそんなに近いのか。
沖縄経由台湾行きはしばらく続きそうだ。